30歳のときに、私は弁理士登録して独立開業しました。
最初は上場企業の特許部からお仕事を頂いておりましたが、
なんとなく、今後このような関係は終わるのだろうと感じていました。
それでも独立開業して10年間はとても忙しく、貧乏暇なしの下請け状態でした。
そうです。
私がやっていたのは大企業の下請けだったのです。
それに気づいてからというもの、中小企業専門の弁理士になろうと決意しました。
ただし、中小企業では知財案件がポンポン出てきません。
だから、弁理士業と並行して進められる仕事を得るために、別の国家資格の取得を考えたのです。
最初は中小企業診断士。
1次試験に合格して2次試験に進んだものの、2回続けて不合格。
私に適正がないと判断して中小企業診断士の取得を断念しました。
次は社会保険労務士。
仕事の合間に頑張っていましたが、2回目の試験で総得点が合格基準をクリアしていました。でも足切りでアウト。
2年目の試験をピークに、3年目と4年目の試験ではだんだん点数がとれなくなりました。
4年目の試験が終わった時に、弁理士業が多忙を極めることになります。
年中無休の状態になり、売上も億に届きそうな勢いの中、事務所で2回倒れてしまいました。
目が回ってまっすぐ歩けなくなったのです。
おそらく血圧もドカーンと上がっていた思います。
それを機に、社労士の取得を断念することになります。
加齢で体力と記憶力が低下していることも理由のひとつです。
しばらく仕事に没頭して、今度は、
懲りずに、経営革新支援機関の登録を目論みました。
これなら、ハードルが低く、合格できると考えたからです。
認定支援機関の登録には2回の研修と2回の試験をパスする必要があります。
特に難しいことはなかったのですが、
今度は私と家族が次々にコロナに罹患して研修を断念することになります。
これ以外では、
技術士の2次試験は一度だけですが、サービスマネジメントの科目で受験しました。
これもB判定で落ちました。
結局、合格したのは、弁理士の付記試験です。
実はこちらも2回目の合格でした。
付記試験の勉強と付記資格は、その後の実務で高頻度に使っていてお金を稼いでいます。
弁理士補佐人付きの本人訴訟のほか、行政訴訟の単独代理の美味しい味を覚えました。
今後ともどんどん活用していきます。
以上から、私の資格経歴は、
弁理士試験と付記試験の2勝のみ。
中小企業診断士、社労士、技術士の3敗です。
弁理士業を補完できそうな資格を探してきましたが、
これまで挑戦してきた資格は、たとえ合格しても、異なるタスクが増えるだけになることに気づきました。
それでいったん資格試験から離れることにしました。
時間と労力の無駄だからです。
今は弁理士業と経営コンサルに絞り、省エネルギーで仕事しています。
不思議なことに年商もどんどん上がっていき、年商億の壁が見え隠れしている所まで登ってきました。
つづく。